『七月の炭酸水』

うどんが好きな、場末人の生存と残像。

はじめてのジェンダー論【追記7/18/2018'】

明治学院で一番お世話になった先生。 

はじめてのジェンダー論 (有斐閣ストゥディア)

はじめてのジェンダー論 (有斐閣ストゥディア)

 

 

まず最初に、賛否両論があるにしても、
この本が非常に優れた良書であることは間違いない。

この本の一番の強みは 

『人はなぜ,男か女かという性別にこだわるのか。
その〈分類〉をいかに意味づけ,相互行為の中で社会制度に組み込んでいるのか』

という素朴な疑問や「あたりまえ」を改めて問い直し、
探求していくきっかけを提供してくれるところに
「最大の主眼」があると私は読んでいて感じた。

上記のシンプルな問いに立ち返った上で
この本で丁寧に整理されている「分析のための概念道具」を通じて見えてくる
ジェンダーセクシュアリティに関する違和感と社会問題は
この本を読んだ個々人にあえて宿題として、
「バトンを託している部分」もあるのではないだろうか。

ここから先はこの本をステップにして

それぞれが考えを深めて行って欲しいというように。
私は読後感としてそう受け取った。

追記分】

wezz-y.com

婚活にみるジェンダー不平等と男女差別

www.asahi.com

 

日本のジェンダーの男女意識は、特に婚活現象/婚活プロパガンダを見るにつけ、俺は日本人やめてスウェーデン人とかデンマーク人に帰化したくなる。

(以下、記事引用)

「日本はスウェーデンの50年くらい前の状況かな」
 ――えっ、半世紀も?
 「取材で婚活パーティーに行った時、記入してと渡されたプロフィルカードに、得意料理を書く欄がありました。私は料理はしないので何を書けばいいかわからなくて、隣の男性のカードを見ると、そこが『年収』記入欄になっていた。あれはショックでした。女性の価値は料理、男性はお金で決まるの?って。スウェーデンでは50年、いや70年前の価値観かもしれません。男女の両方に偏見があると思いました」
 ――スウェーデンでは、女性が男性に求める条件に経済力や社会的ステータスはないのですか?
 「ありませんね。スウェーデンは税金が高い分、福祉が充実しています。だから女性にとっては、男性に経済力があるかというより、家事や育児ができるかが重要。それに、どんな趣味や考えを持っているかも。経済力で結婚して相手が嫌になった時、それでも一緒にいなくてはいけなかったら心が自由じゃない。女性も男性も独立していることが大事だと思います」

 

 

ぶっちゃけ男は年収、女性は家庭的か/性的な魅力
で評価される。就活→(連想)→「婚活」ならば、
もはや男性の市場価値は年収が一つの重要な要素なのは間違えない。
福祉が個人化・自己責任化され、世間体というイミフな価値がまかり通る日本では

俺は「1.障がいがある・2.収入は障がい者枠で再就職しても年収は低いetc...」

上記を理由として、女性に全く相手にされないだろう。こんなバカな話があるかと。

 

沖縄、ヘリ墜落、辺野古移設、歴史

 

基地の子―この事実をどう考えたらよいか (1953年)
 

今は沖縄がホットなイシュー(この間、自衛隊機の墜落事故もあったので若干語弊を招きかねないが)
なのでこの本をシェア
区の図書館にあるかと思いきやなかった。
むむむ....この本が入手困難なのはよくないと思う。

 

ベストセラーになっている漫画について

 

君たちはどう生きるか (岩波文庫)

君たちはどう生きるか (岩波文庫)

 

 

この本を原作とした漫画が異例のベストセラーになっているとニュースでやっていた。
わたしはこの本を21歳くらいに読んだきりで読後感は自分がどう在りたいか?
ということを問いかける実存的な部分と社会学的な洞察を促すシーンやマルクスの哲学を平易に語る場面があったと記憶していたがおおむね記憶違いでなかった。自然科学のことにふれていたのは失念していたが、
またもし、気分がのれば、読みなおそうかなとも思う。

最近、健康に幸せに働くにはどうすればいいのか?考えることが多いので
そのヒントになればと考えるが、

今の時代状況の閉塞は出版当時の1937年の戦争の足音を感じるような時代状況の閉塞や格差など似ているところもあるが、経済や政治などのゲームのルールは戻れないくらいに変わっている。

もし、気が向いたとして読んでも感興はえられないかもしれない。
ただ、時代は廻り巡り巡るのだなとひしとかんじている。

最晩年の宮崎駿がこの題名で新作にとり組んでいるのは、
おじさんとして語りかけたいということもあるんじゃないかと思う。来るべきコペルくんたちへ

しかし、来るべき未来の人々に託すだけでは、ダメで
むしろ、今の「悪意に満ちた平和」に巻かれて生きる/仕方無く、世間から打ち捨てられることに怯えて奴隷のように働かされている

我々、なんでもない市井にいきる大人こそ、日々の世知辛い生活体験から自分のコトバで考え社会の在りかたや生き方を問い直さなければ、私達もコペル君のおじさんみたいにはなれない。

前の世代は反面教師だったと言われないためにも。

 

 

漫画 君たちはどう生きるか

漫画 君たちはどう生きるか

 

 (↑ベストセラーの漫画版「君たちはどう生きるか」はコチラ)

「(労働法)2018年問題」の最初の大きいニュース

 

mainichi.jp

出た。おそらく裁判になるだろう。最初の2018年問題。
この「雇止め」はあからさまで卑怯すぎる。まさに「使い捨て」
(しかも、約『400人』一気に2018年4月で雇止め!←ハンパない!)

労働法の趣旨に反していると個人的に思う。

それから、これは労働法をかじった素人としての疑問だが、

・「雇止め」に関して『解雇権濫用法理』について

・「就業規則」も下記記事を見れば、いじっているので、

 『就業規則の不利益変更』

2つ論点あるんじゃないかなあと。「雇止め」だけでなく。

焦点が2つありそうな...

 

あと一つ指摘できうるならば、『6ヶ月の空白期間』(これを「クーリング期間」という)を設ければ、継続通算期間がリセットされるという制度上悪用されうるような部分をついている。

つまり「5年通算更新で無期転換」の間にクーリング期間を合間に設定すれば通算期間がリセットされるという制度を悪用しようとする人たちがいるわけだ。

この制度設計を変えるか、もしくはクーリング期間設定の要件を厳格化したり、制限を設けるなどしないとと感じる。

 

いずれにせよ、こんなこと認めて社会でまかり通ったらひどすぎるので

理研側を負かせた「判決」を出して、

実定法(労働法)のさらなる規制強化改正に繋げて欲しい。

 

 

☆別のニュースソースより抜粋

(こちらの方がより労働法に照らし合わせて踏み込んだ書き方をしている)

数々のノーベル賞受賞者を輩出した理化学研究所(本部・埼玉県和光市)が、有期契約の非常勤職員を無期契約に転換することを逃れるため契約5年上限の雇い止めを狙い、労働組合と誠実に話し合わないとして、理化学研究所労働組合理研労)と上部団体の科学技術産業労働組合協議会(科労協)は18日、東京都労働委員会に不当労働行為の救済を申し立てました。


写真

(写真)会見する理研労と弁護団の人たち=18日、厚労省

 申立書などによると、理研では16年4月、就業規則を変更し、契約に5年の上限をもうけました。6カ月の空白(クーリング)期間が経過しないと再雇用しないことも規定されました。労働者過半数代表と労働組合は反対意見を労働基準監督署に提出しています。

 組合側は団体交渉で撤回を申し入れましたが、当局側は撤回を拒否し、雇い止めの理由や必要性を具体的に明らかにしないため、不当労働行為の救済を申し立てたものです。

 日本共産党の田村智子参院議員の内閣委員会の質問で、理研には非常勤職員が4209人、契約上限に達する人が496人いると明らかになりました。 

 理研は「無期雇用アシスタント」試験の合格者だけを無期雇用にするとしていますが、合格者は16年74人、17年47人だけです。

 同日、厚労省で会見した金井保之理研労委員長は、「職員は研究がスムーズにいくよう支えている。ベテランがいなくなれば研究現場は混乱し、まわらなくなる」と警鐘を鳴らしました。

 雇い止めの危機にある非常勤職員6人が実態を訴えました。

 経理などを担当する60代の男性は、「引き継ぎの職員は、すぐには理解できず、私に聞きにくる。こんな無駄な雇い止めをなぜするのか」と強調しました。

 40代の女性は、「競争している研究成果の緊急発表の支援など、規定を理解した職員がいないとできない」と指摘。「私の部署では、6カ月クーリングが行われたが、割り当てられたメールアドレスを残してある」と脱法行為を告発しました。

 

 

労働法 第6版

労働法 第6版

 

性犯罪(痴漢)の加害者の嗜癖やパーソナリティーについて

www.buzzfeed.com

世の中にこのような人間が一定数いるんだと思うとゾッとする。

個人的にはこのような「性犯罪」は絶対に許してはいけないと思うし、

「痴漢」という言葉ももっと重大な犯罪として名前を重いものにしたほうがいいと思う。加えて厳罰化もすべきであるとも感じる。被害者の心にはトラウマ体験として

ずっと心の傷として残るからだ。

例えば、「性的な意図に基づいた侵襲的な性犯罪」に名を改めて、懲役3〜6年くらいに

しても良いと感じる。

加害者についてこの記事を読むと、精神医学や心理学的には、

「自己愛性パーソナリティ障害」の傾向があると感じた。

あまりに被害者を見下し、心情を慮る想像力にかけている。

精神医学や心理学としてはこれはいわゆる「病気」ではなくあくまで、

パーソナリティや性格の偏りということだが、病理的なことは間違えない。

頭ごなしな更生や矯正プログラムを施しても付け焼き刃にしかならない可能性が高い。

臨床心理学的な視点から適切に治療することが現実的であると思う。

(ただ、冷静に加害者の更生を考えると、仮に病理的な「自己愛性パーソナリティ」やある種の嗜癖行為;依存症に近いところもあるし、パーソナリティ障害であれば、生育歴や家族環境が劣悪だったという可能性があるので、そこを治療しないと、性犯罪者の根本的な更生には繋がらない。もっとも、根っからのワルというかどうにもならない人もいると思うけれども。)