『七月の炭酸水』

作家・アート系気質な場末人の生存と残像。

さいきんのどくしょ2

最近は、武田泰淳を読み返して改めて凄まじい作家だなと感じた。読んだのは、「誰を箱舟に残すか」「蝮のすえ」・「我が子キリスト」・「ゴジラのくる夜」どれも怪物的な文学。
上記の中・短編はいずれも読んでいて面白いエンターテイメント性もあるが「神」がどの作品も通奏低音となって隠しテーマとして出てくる。
それがすこぶるたまらない。
破滅への欲動。世界をリセットしたい気持ち。
まるでナウシカ巨神兵のような《裁く神》が小説世界のテーマの一つとして重厚感を与えている。

もう一つは、武田泰淳の「生の確証」としての肉体性へのこだわり 
とりわけ艶かしく描写される女たち。
女性の生きるしたたかさや計算高さとその強烈なエネルギーに振り回される男たち。武田らしい男女観である。
その人間の禍々しい欲望と《裁く神》の存在が「両義的」に共存しているのも特徴的だし、きになるところ。深く読み解けているかわからないが)

蛇足だが、個人的には今まで潔癖だった故に
そのような人間の生々しい欲望も俺も無頼派的に味わうのも良いかななんて感じた。

 

わが子キリスト (講談社文芸文庫)

わが子キリスト (講談社文芸文庫)

 
ニセ札つかいの手記 - 武田泰淳異色短篇集 (中公文庫)
 
蝮のすえ・「愛」のかたち (講談社文芸文庫)

蝮のすえ・「愛」のかたち (講談社文芸文庫)

 

 

さいきんのどくしょ

 

レ・ミゼラブル〈上〉 (福音館古典童話シリーズ 31)

レ・ミゼラブル〈上〉 (福音館古典童話シリーズ 31)

 
レ・ミゼラブル〈下〉 (福音館古典童話シリーズ (32))

レ・ミゼラブル〈下〉 (福音館古典童話シリーズ (32))

 

 

「レ ミゼラブル」(福音館書店ver.)
上・下巻読んだ。
感動した!!←

誰かのマネはさておき、この福音館書店ver.は優れている名訳だと思う。ぐいぐい読ませるだけの読みやすさがある。
全訳ではない余計な部分を省いたものなので、負担が軽く助かる。それでも上下巻の大著だが。

ただ、読み終わったあと、よくある「勧善懲悪」ものみたいにも感じた向きもあったがそれはすぐさま「違う!」と思った。

日本とフランスとで違うのはキリスト教のバックボーンがあるということ。

社会から、悪と思われている人が善だったり、善と思われている人が悪だったり。
一見、良心の人と思われるジャン・ヴァルジャン
心の内面では、利己心と良心の間で葛藤していたり....

そして、もう一つ面白いなと思ったのは、
日本でよくある「勧善懲悪もの」「良心を問う」ような時代劇とか、代表的なものでいうと『水戸黄門』を引き合いに出すと、
悪を撃つのは大抵「お上」の人間である。

しかし、フランス文学のLes Misérablesは庶民と「みじめな人々」の崇高さを描いていることが決定的に違うなと感じた。

もっというと、教養小説や良心を題材にした文学や時代物に関しても、日本はだいたい『お上』(岡っ引き)が主人公。フランスは『市井の人々≒市民/国民』(もちろん冷静になれば、日本でも庶民や市井の人を題材にしたものもたくさんあるのは付記しておく)

そういうところはなんか文化を反映しているなあ。と。
かつての「護送船団方式」とか「行政指導」が他の先進諸国から見て奇異に映るようにね。

少し飛躍するのかもしれないが、そういうところからも日本人が抱く『国民主権』とか『民主主義』のハリボテ感が出てしまうんだろうなとか思ったりもした。

クリスマスキャロルとLes Misérables2さつはもう読んだので
次は、英語で『木を植えた男』を読もうと思う。

連続でフランス文学だな。

 

木を植えた男 The Man Who Planted Trees (ラダーシリーズ Level 5)

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性犯罪(痴漢)の加害者の歪んだ心理について

www.buzzfeed.com

世の中にこのような人間が一定数いるんだと思うとゾッとする。

個人的にはこのような「性犯罪」は絶対に許してはいけないと思うし、

「痴漢」という言葉ももっと重大な犯罪として名前を重いものにしたほうがいいと思う。加えて厳罰化もすべきであるとも感じる。被害者の心にはトラウマ体験として

ずっと心の傷として残るからだ。

例えば、「接触や侵襲的な性犯罪行為」に名を改めて、懲役15〜20年くらいに

しても良いと感じる。

加害者についてこの記事を読むと、精神医学や心理学的には、

「自己愛性パーソナリティ障害」の傾向があると感じた。

精神医学や心理学としてはこれはいわゆる「病気」ではなくあくまで、

パーソナリティや性格の偏りということだが、病理的なことは間違えない。

頭ごなしな更生や矯正プログラムを施すより、臨床心理学的な視点から適切に

治療することが現実的であると思う。

(百歩譲って加害者の更生を考えると、仮に病理的な「自己愛性パーソナリティ」やある種の嗜癖行為;依存症に近いところもあるし、パーソナリティ障害であれば、生育歴や家族環境が劣悪だったという可能性があるので、そこを治療しないと、性犯罪者の根本的な更生には繋がらない。もっとも、根っからのワルというかどうにもならない人もいると思うけれども。)

 

 

 

映画:『否定と肯定』


『否定と肯定』12月8日(金)TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー

 

【公式サイトintroductionより引用】


--ユダヤ人女性の歴史学者デボラ・E・リップシュタットは、イギリスの歴史家デイヴィッド・アーヴィングが訴える大量虐殺はなかったとする“ホロコースト否定論”を看過できず、著書で真っ向から対立する主張を繰り広げていた。しかし、アーヴィングは、名誉毀損でリップシュタットを提訴、異例の法廷対決が始まった。この裁判は、開始時から欧米でセンセーショナルに報道され、判決の行方は、ユダヤ人だけでなく、世界の知識層や学者などからも注目された。

裁判の行方を混沌とさせたのは、アーヴィングが提訴した先が、英国の王立裁判所という点だった。英国の司法制度は、訴える側ではなく、訴えられた側に立証する責任がある。それゆえ、訴えられたリップシュタットは、裁判でアーヴィングが唱える“ホロコースト否定論”を崩す必要があった。

このため、彼女のために、英国人による大弁護団が組織された。アーヴィングの日記を調べ上げ、アウシュビッツの現地調査も行い、歴史の真実を確認する作業が繰り広げられる。

 

 

 

 

【参照:上記映画のモデルとなった歴史学者のインタビュー】

www.asahi.com

ワシントンからみた日本

www.asahi.com

この記事によると、
ワシントンのあるアメリカ人は日本は「平和」で「安定」しているから
羨ましいと感じるらしい。

ただ、日本は水面下では、皆それぞれ思うところがあり、
アメリカと変わらないところもあるのでは?
精神分析の用語をかじった俺なんかは思ってしまう。

日本は〈世間〉・〈世間体〉・〈同調圧力〉などの
文化的な「抑圧」がすごいから表に出てこないだけで
本当はアメリカ社会の人々と同じように

「怒って」いたり「それぞれのホンネ」が社会的な「抑圧」で
出せないだけではないかと感じた。

潜在的にはあるが、顕在化されない。