吉野弘『夕焼け』「吉野弘詩集」所収 1971

「夕焼け」

いつものことだが
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが坐った。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。 
娘は坐った。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は坐った。
二度あることは と言う通り
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッと噛んで
身体をこわばらせて—–。
僕は電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。
やさしい心の持主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持で
美しい夕焼けも見ないで。

 

UKで起こったテロについて考えたこと ー社会防衛・基本的人権と人道上の保護の相克

また、UKのマンチェスターでテロがあった。
私もここまで凄惨な事件・テロが移民の人々などが起こしていることに対して少し前から考え方が変わって来ている。
私の住んでいる国ではないのでなんとも言えないところもある。という留保をした上で述べると、
移民の人はもちろん善良な人がほとんどだと思う(思いたい)
このようなことを起こすのは一部の過激な人だと思う。
しかし、その過激な人々を生み出すのは、社会的な移民に対する差別や苦しい立場に置かれる構造的暴力があるという
何かしらの「理由」もあるのも事実だと思う。

けれども、やはりテロ云々以前に人を10人,20人殺害し、50人に怪我というか傷害をするというのは、重い「犯罪」である。苦しい立場にあってもなんとか希望を失わずに前向きにあがいたりもがいたりしている移民や難民の人もいるし、その人びとにとってはこのような事件がフィードバックされてより排外主義的になるので迷惑だ。

そのような中で、基本的に移民は移民であり、最初からその国に生まれ育った国民たる地位にある人々からすれば、
例えば、自分の家に迎え入れた庇護を求めている人々の中に自分の家を壊したり家族(=同胞)に犯罪行為をしたら、「出て行け!!」となるのはあたりまえだと思う。

そのようなことを考えると、繰り返し頻発するテロに対して「基本的人権」というものは両者の基本的人権と利益の調整問題になると感じる。 そういうことを考えると『自国民の人権と安心して暮らせる社会を守るために出て行ってくださいまし。これ以上同胞を殺されたり、人権を侵害されるのはのは嫌です。いい加減もう我慢できません』という自らの「基本的人権」を主張してもなんら責められることではないと思う。
しかし、移民や難民の人にも「基本的人権」(人道上の保護)はもちろんある。
そのどちらの「基本的人権」を天秤にかけて公平なジャッジを決めるのかという視点を持つと、よりこの問題が複雑にねじれている根深い社会問題であるかということがはっきりするような気がした。

どのような生き方でもいいから、胸を張って生きろ。

ibaya.hatenablog.com

「経産省若手官僚レポート」についてコメント

news.yahoo.co.jp

 

どうなんでしょう。いろんな立場やバックグラウンド・社会階層・世代などで
いろいろと賛否両論とかあるようなレポートのように読んだ。
このレポートはちょっとレベルの高い大学生の社会学ゼミだったら
十分やれる考察であると思うし、
(レベルの高い大学)の大学生と経産省の官僚も知的レベルはあまり変わらないのでは?
という印象。
いずれにせよ、俺はこのレポートについて「批判的に読む」こと
賛成するならどう説明するか、反対するならどう説明するかを
自分で考えて、フラットに複数の視点から読むことが最低限必要で
その議論のたたき台をオープンに提供してくれたという意味では有意義なのではと思う。

確かにキャッチーで薄っぺらな言葉が目立つ部分もあるが、
日常に生きるフツーの人はいい意味でも悪い意味でもそんな思慮深くないようにも思う。
みんな生活に必死で勉強する時間がないか、物事を考えることよりも自分のことで精一杯だと。

おそらく基本的な総論部分のアンチョコというか参考文献は
社会学者ジクムント・バウマンとウルリッヒ・ベックが提唱したコンセプト「リキッド・モダニティ」と「リスク社会」が基本線なのは社会学を真摯に専攻した大学生ならすぐ見破れるくらい。
あとは、枝葉(具体例)で特に「母子家庭」にこだわるのはなぜ?と感じた。
慶應SFC慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)にいそうな意識高い大学生が書いたレポートやゼミ論みたいな印象に見えた。
実際に議論した識者の中に慶應SFCの先生もいたし。
かくいう私も5、6年前俺はウェブでのみだけど慶應SFCの科目履修生だったから
そういう色付けもあったのはよくわかった。
井庭先生の授業取ってたし。

 

社会システム理論: 不透明な社会を捉える知の技法 (リアリティ・プラス)

社会システム理論: 不透明な社会を捉える知の技法 (リアリティ・プラス)

 

 

内の定。(ないのてい)

今日就労移行支援所の職員さんに「内定」のご連絡がきたことを伝えられました。
オランダに本社がある某外資系企業です。

第一志望だったので自分らしい会社に入れてよかったです。

オランダを拠点にして発展した『グループスキーマ療法』を翻訳した私としては何か不思議な縁を感じざるを得ません。
夢を見ているみたいで、未だに信じられず実感が湧きませんが
6月21日から入社して晴れて社会復帰して社会人になる(はず)です。

 

ただ、おそらくこれからが勝負というか、やっとスタート地点に立てたなところだなと。
もちろん一寸先は闇です。
北朝鮮からミサイルが飛んできたり、リーマンショック2とか第三次世界大戦がおきたり、
俺が車に轢かれたら内定は無くなりますが...

あとは継続して細く長く働けるように、就労移行支援所でなく
今度は「お給料をいただいて働く会社」なので負荷も上がり、ステージも上がり厳しいこともあるかと思いますが
まずは一週間、2週間、1ヶ月風邪以外で休まず通えるように
体力をつけたり、踏ん張りが効くように6月20日の最終通所日までトレーニングしようと思います。

心的外傷後成長(PTG)とは―逆境で人間的に深みを増す人たちの5つの特徴

susumu-akashi.com

 

PTGは、苦しい経験を通して、単に少し見方が変わった、というようなものでではありません。ちょっとした病気や、人間関係の行き違い、上司や先生からの叱責など、日常的なストレスで引き起こされるわけではありません。

PTGは、英語ではtransformative change、すなわち、人生観が根本から変わるような変化だと説明されています。比喩的な表現を用いるならば、新しい自分に生まれ変わるような変化です。

元に戻るという選択肢はなく、新しいものを積み上げていく以外他にどうしようもない中で経験されるような根本的な変化をさします。(p68)

PTGに至るきっかけは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に至るきっかけと同じです。

自分にとって衝撃的な出来事、たとえば戦争、災害、犯罪、重い病気、愛する人の死、いじめ、虐待、不登校など、心をズタズタに傷つけ、破壊されるようなできごとが始まりです。

そうした出来事は、自分がそれまで抱いてきた「中核的信念」や「基本的価値観」をみじんに砕きます。

PTGとは、「新しい自分に生まれ変わるような変化」だとされていました。それは、つまり、まず衝撃的な出来事というハンマーで元の自分が粉々に打ち砕かれ、もはや修復さえもかなわず、新しく作りなおす以外に方法がなかった、ということを意味しています。

 >このブログに関する異なる視点からのコメント

臨床心理の修論テーマを最初はレジリエンスにしていて、その後PTGに変更し、更に別のテーマに変更して修了したのですが、レジリエンスやPTGをテーマにしていて調べものをしたり、思考したりしているうちに感じたことを、的確に言い表わして下さっている箇所がありました。

>PTGはなぜ「取り扱い注意」なのでしょうか。
それは、PTGという概念が軽々しく扱われるなら、それによって傷つけられる人がいるからです。
PTGの特徴について考える前に、まず注意しておかなければならない点を5つ考えてみましょう。・・・
>PTG 心的外傷後成長―トラウマを超えてにも、PTGの概念の創始者カルホーンとカデスキーが、「成長を経験したという人でも、どんな人にとっても悲劇や喪失が望ましいこと、あるいは成長にとって必要なことであると結論づけることはできない」と警告したと書かれています。(p50)

まま、自身のまとめ力不足や枚数制限の具合で、到底この概念の取り扱いがどれほど要注意なのかを書けそうにも無かったので、複雑性PTSDをテーマにすることに変えたのですが、今も、この概念と使い方は、ほんとうに細心の注意が必要だと思っています。

 

三度目の正直か、「これで終わり」か

実習最終日+最終面接 終了。 これで扉が開かなかったら、 俺にはどんなに努力しても「会社員になる才能がなかった」と諦めるか それとも血反吐を吐いてまで、本当はいやでしょうがないんだけど、 我慢してやってきたシューカツを死んだ目をしてやるか

 

いずれにせよ、
今まで継続してきたこと(第一期と言ってもいいだろう)が一つの節目を迎えた。

まさに「これで終わり」

 


Syrup16g - これで終わり