勤めてもう少しでまる2ヶ月

今日は夏期休暇をとっているので、おやすみ。
ぼーっと弛緩しきって高校野球でも観よう。
こないだは、現役のさらりいまんをしている母方の叔父さん(母の弟)に会った。
叔父さんも総務部なので色々と仕事の話や共通の趣味のサッカー観戦というかサッカー談義に花が咲いて非常に中身のある会談であった。


まだ勤めて2ヶ月弱なので、環境に慣れることと基本業務を覚えるのに必死だが、

すでにセンター長に頼りにされて、チャレンジド採用の20名の中で俺1人しかできない仕事も任されて頼りにされていること教えてもらったし、将来この子は伸びると配属チームの上司からも期待されている。

 

ただ、俺は努力家な一面もあるので、自らハードルを上げたりする癖(高い目標を追い過ぎる)が大いにあるからそこは気をつけなければならない。
期待に過剰に答えようとしないように。

 

あくまでも地に足つけてコツコツと「うさぎのかめ」のかめさんみたいにね。
俺に肩肘張らずにできることから、一つずつ積み重ねることしかできないんだから俺には。

 

人事からも信頼されているし、いまんとこ「俺が信頼されたい」人には信頼をされている。人がいろんな集まるところには色々な人(≒苦手な人やちょっと残念な人もいる)がいたりするが俺は「俺が信頼されたい人々」にさえ信頼されていれば、それでいいと思っている。

 

長期的には俺だって自分の能力をすでに評価されているわけだしそれを開花させたいし、チーム/配属先のまとめ役(リーダー)になりたいという気持ちも出てきている。

 

もちろん仕事も楽しい。大変だけどね。
それから、しっかりとした体調管理をするのはプロとして大前提。

体調管理も大切な業務のうちの一つ。
まだ、体調は環境の変化や社会的立場が変わったり、逆に
良い方向に行った時にうつ症状が少し出てきたりするからそれに気を使うのでもいっぱいいっぱい。
それでも、障がい者雇用推進室(障がい者雇用やサポートに特化した人事)が同じオフィスにいるので支えてくれる。

 

また、長期的にチャンスが巡ってきた時には、それを掴み取れるようにしたい。

いまの課題は電話応対をブラッシュアップさせることと、言葉遣いがたまにフランクになってしまったり、敬語が苦手なので、基礎をしっかりやっている感じだけど一つずつ、コツコツと "できない"ことを"できる”ことにする道のりでそれは得られるものもあるし、課題も前向きに考えられている。

 

特に電話応対では、20人の中でただ一人俺だけがクライアント企業(派遣先)に

交渉電話をすることをセンター長から託されている。その責任は重い。それだけにやりがいもあるし、会社の顔として、CPCの代表としてしっかり品格ある言葉遣いと丁寧で正確な

対応をしなくてはならない。「そしてあの会社はしっかりしているな」とクライアントに思って頂けるように。プロとして。そして自分のプライドを守るために。

 

今は全体的にいうと、足元をしっかり固めている時期かな。

 
 
 
 

未来のこと

最近、各論的に関心があるのは、
「経済(学)と社会保障」だ。
働いて、健康保険・社保・雇保・厚生年金とか2万
「社会のために」アシストしている。そういう当事者性からも。
(俺は国から取られたとかそういうことは絶対思わない。
税金は僕より困っている人や(病気や事情で)働けない人のためにサポートするために払っているものだと思っている。俺が、毎月unicefのmonthly support ProgramでUNICEFに寄付しているのと同じ。)
財政学も入ってくるかもしれない。
でも基本、大きく「社会」に関心があることには変わりがない。

なぜかと言われれば、

今まで安倍政権で経済が曲がりなりにも経済が安定したと言われているし、働き方改革も(残業規制など)全くよくないとも言えない。
労働法改正案も「政・労・使」でコーポラティズム的に合意できなかったのは残念だが。
(しかし、その裏には社会の「格差」と「分断」が深刻なことも背景としてあると私は感じる)

しかし、消費税とか財政の部分や10年とか長いスパンで立った時「税と社会保障」の一体改革の一時的なペンディング(消費税増税延期)は長期的に多分どう考えても、放置していたらまずいと個人的に感じる。所得再分配的に。
でも、これはタイミングやジレンマもあるので、かなり悩ましいことだとも思う。

【再掲】Amazonでレビューした本

件名通り、私がAmazonでレビューした本について

まとめられているアカウントページがありますので、

せっかくですので、掲載いたします。

もしよろしければ、ご拝読いただけると嬉しいです。。

ちなみに読んで面白かった本をレビューしているので辛口のレビューは

ありません。基本的に星5つ。

https://www.amazon.co.jp/gp/profile/amzn1.account.AGL3B66OBNUR662QPBR5ZM4VRIBA?ie=UTF8&preview=true

相模原事件についてのJapan times記事(7/20付)について気になったこと

www.japantimes.co.jp

 

今日の朝、KIOSKでJapan timesを買ったんだが、
相模原事件の記事を読んで、臨床心理学を学んだ者として
思ったことがある。

それは記事を見ると、犯人は以前に「Narcissistic personality Disorder 」 
即ち、"容疑者は自己愛性パーソナリティー障害を罹患していた。"

と記事には書かれていて、私はこのニュースを深く追ってないので
よくわからないけど、当初日本のメディアやマスコミは「統合失調症」だった。
と報道してなかったっけ??と激しく疑問も感じたし、今はそういう認識に
日本のメディアなども変わったのだろうかと思った。

それともJapan timesの記事が間違った診断をした医師の見解を報道した。

ということだろうか。監察医と過去の診断で違いが出たとか。

特に精神のことは精神科医でも診断の鑑別に差が出ることはザラだし。

 

それでも、「自己愛性パーソナリティー障害」という概念自体が
幅広く、人口に膾炙しているとはちょっとこの日本では考えられない。

だから、メディアはDSM5上、「精神病」である「統合失調症」という
報道を当初していたと記憶しているし、メディア側もNPDのことなんて
知らないんじゃないかと邪推しか浮かばなかった。この懸隔は何だろう。

今は「自己愛性PD」のことも触れながら、事件は詳しい本とかで解説なりなされているのだろうか?
記事も社会学者の人がインタビューに答えていたし、記事全体としては
社会学者が社会学な視点から「障害者の隔離」についてインタビューに答えていて
締めくくられていた。

ただ、心理学的な視点から見ると、「容疑者」がNPDに罹患していた過去がある
ということはJapan Timesしか言及してなかったらなんかそれはそれで
問題では?とも思った。

吉野弘『夕焼け』「吉野弘詩集」所収 1971

「夕焼け」

いつものことだが
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが坐った。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。 
娘は坐った。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は坐った。
二度あることは と言う通り
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッと噛んで
身体をこわばらせて—–。
僕は電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。
やさしい心の持主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持で
美しい夕焼けも見ないで。

 

心的外傷後成長(PTG)とは―逆境で人間的に深みを増す人たちの5つの特徴

susumu-akashi.com

 

PTGは、苦しい経験を通して、単に少し見方が変わった、というようなものでではありません。ちょっとした病気や、人間関係の行き違い、上司や先生からの叱責など、日常的なストレスで引き起こされるわけではありません。

PTGは、英語ではtransformative change、すなわち、人生観が根本から変わるような変化だと説明されています。比喩的な表現を用いるならば、新しい自分に生まれ変わるような変化です。

元に戻るという選択肢はなく、新しいものを積み上げていく以外他にどうしようもない中で経験されるような根本的な変化をさします。(p68)

PTGに至るきっかけは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に至るきっかけと同じです。

自分にとって衝撃的な出来事、たとえば戦争、災害、犯罪、重い病気、愛する人の死、いじめ、虐待、不登校など、心をズタズタに傷つけ、破壊されるようなできごとが始まりです。

そうした出来事は、自分がそれまで抱いてきた「中核的信念」や「基本的価値観」をみじんに砕きます。

PTGとは、「新しい自分に生まれ変わるような変化」だとされていました。それは、つまり、まず衝撃的な出来事というハンマーで元の自分が粉々に打ち砕かれ、もはや修復さえもかなわず、新しく作りなおす以外に方法がなかった、ということを意味しています。

 >このブログに関する異なる視点からのコメント

臨床心理の修論テーマを最初はレジリエンスにしていて、その後PTGに変更し、更に別のテーマに変更して修了したのですが、レジリエンスやPTGをテーマにしていて調べものをしたり、思考したりしているうちに感じたことを、的確に言い表わして下さっている箇所がありました。

>PTGはなぜ「取り扱い注意」なのでしょうか。
それは、PTGという概念が軽々しく扱われるなら、それによって傷つけられる人がいるからです。
PTGの特徴について考える前に、まず注意しておかなければならない点を5つ考えてみましょう。・・・
>PTG 心的外傷後成長―トラウマを超えてにも、PTGの概念の創始者カルホーンとカデスキーが、「成長を経験したという人でも、どんな人にとっても悲劇や喪失が望ましいこと、あるいは成長にとって必要なことであると結論づけることはできない」と警告したと書かれています。(p50)

まま、自身のまとめ力不足や枚数制限の具合で、到底この概念の取り扱いがどれほど要注意なのかを書けそうにも無かったので、複雑性PTSDをテーマにすることに変えたのですが、今も、この概念と使い方は、ほんとうに細心の注意が必要だと思っています。

 

久しぶりに臨床心理学(特にカウンセリング/クライアント中心療法)の本を読んでの備忘録

 

カウンセリングを学ぶ 第2版―理論・体験・実習

カウンセリングを学ぶ 第2版―理論・体験・実習

 

土日完全offにしたので久しぶりに臨床心理学の本を。 まずは久しぶりに基礎の基礎のうちの1つと言って良いクライアント中心療法の本。カウンセリング的な態度の基礎を養うもの。

11ページまで読んで今回また読み返して得た気づきとして

 
カウンセリング中心療法と精神分析(的心理療法)を比較した時に見えてくるのが両者の心理援助に対する捉え方が微妙に違うことだと感じた。
具体的にいうと、「相手への信頼を通した健康的な成長を促進する」という視点と「心理治療」という両者のスタンスからの捉え方の違い。
 
わずかなニュアンスの違いかもしれないが、
俺はとても重要なスタンスの違いだと感じている。