『七月の炭酸水』

作家・アート系気質な場末人の生存と残像。

さいきんのどくしょ

 

レ・ミゼラブル〈上〉 (福音館古典童話シリーズ 31)

レ・ミゼラブル〈上〉 (福音館古典童話シリーズ 31)

 
レ・ミゼラブル〈下〉 (福音館古典童話シリーズ (32))

レ・ミゼラブル〈下〉 (福音館古典童話シリーズ (32))

 

 

「レ ミゼラブル」(福音館書店ver.)
上・下巻読んだ。
感動した!!←

誰かのマネはさておき、この福音館書店ver.は優れている名訳だと思う。ぐいぐい読ませるだけの読みやすさがある。
全訳ではない余計な部分を省いたものなので、負担が軽く助かる。それでも上下巻の大著だが。

ただ、読み終わったあと、よくある「勧善懲悪」ものみたいにも感じた向きもあったがそれはすぐさま「違う!」と思った。

日本とフランスとで違うのはキリスト教のバックボーンがあるということ。

社会から、悪と思われている人が善だったり、善と思われている人が悪だったり。
一見、良心の人と思われるジャン・ヴァルジャン
心の内面では、利己心と良心の間で葛藤していたり....

そして、もう一つ面白いなと思ったのは、
日本でよくある「勧善懲悪もの」「良心を問う」ような時代劇とか、代表的なものでいうと『水戸黄門』を引き合いに出すと、
悪を撃つのは大抵「お上」の人間である。

しかし、フランス文学のLes Misérablesは庶民と「みじめな人々」の崇高さを描いていることが決定的に違うなと感じた。

もっというと、教養小説や良心を題材にした文学や時代物に関しても、日本はだいたい『お上』(岡っ引き)が主人公。フランスは『市井の人々≒市民/国民』(もちろん冷静になれば、日本でも庶民や市井の人を題材にしたものもたくさんあるのは付記しておく)

そういうところはなんか文化を反映しているなあ。と。
かつての「護送船団方式」とか「行政指導」が他の先進諸国から見て奇異に映るようにね。

少し飛躍するのかもしれないが、そういうところからも日本人が抱く『国民主権』とか『民主主義』のハリボテ感が出てしまうんだろうなとか思ったりもした。

クリスマスキャロルとLes Misérables2さつはもう読んだので
次は、英語で『木を植えた男』を読もうと思う。

連続でフランス文学だな。

 

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