自分の障害について

ーー変えられないものを受け入れる勇気を
変えていけるものを変えてゆく勇気を

 

昨日ふと思ったことだが、うつ病になってから自分の生活に制限がつくようになったなあ。と改めて思った。

「自分に障害がある」という認識は結構なかなか向き合うことにエネルギーがいることと普段私を見てもあまり障害を持っているっぽく見えないらしいので、あんまり意識もしない。しかし、自分の生活を振り返ればわかるが、自分の障害(うつ病)を寛解状態にコントロールするために自分で努力をしていたり、ある程度の不自由を感じることがある。それを以下列挙してみよう。

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・規則正しい生活リズムの遵守;夜は必ず21~22時に寝て朝は5時に起きる。これはアスリートのように何があっても厳格に遵守している
・うつの症状で「疲れやすく」なっているので、遊ぶ時やどこかに行く時は時間にある程度制限をかけて負担を軽くして症状が出ないように無理な予定を立てない
・車は運転できない,運転免許も取らない(薬を服用しているため)
・食欲があまりない、性欲も普通の人と比べれば淡白(抗うつ剤の副作用)
・テレビを見るのも疲れる時がある。そんな時はラジオ(ラジオだと横になりながら聞ける)
・薬を服用しているため副作用がある。特に代表的なのは抗うつ剤の副作用としての「口渇感」。よって水をよく飲む
・お酒、飲酒は厳禁。(薬を飲んでいるためと脳にダメージが少しでも行く可能性があるため)
・まだ就労していず、収入は障害年金のみ。よってお金に不自由
・外出・遊びに行く時も長時間はいれない。半日くらいそして最低でも18時~19時に家に帰ることができるように予定を立てる
(睡眠時間に影響が出ないようにするため)
・土日は2日遊ばない。1日は休息・家でのんびりして疲労を取る必要がある
・月に一回は病院に通院

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列挙しただけでも普通の元気な人からは比べると「生活に制限がある」のは明らかだ。
それでも心無い人はうつ病を「甘え」と認識している方々もいる
上記の生活制限や自分で厳しくコントロールをしていても「甘え」という理由は少なくとも私には理解しかねる。
よって俺は自分が「障害」を持っていることについては十分納得して「障害受容」をして身の丈にあった生き方をしようと十分納得している。

しかし、就労支援所で就職を目指している同僚というかメンバーを見ると、平気で飲酒や夜更かしをしていたりする人もいるし、
就労したら障がい者手帳を返上して正社員を目指したいとか十分自分をコントロールしているのか疑問符がつく方も多い。
その気持ちもわかるのだが、この人は"客観的に"自分の限界を見極めて自分に無理のない優しい生き方をしているのか?
と感じることも多い。あくまで私見にとどまるが。そういう方はやっぱり十分自分の障害を納得して「障害受容」しきれていないというかやっぱりそこらへんまだ葛藤がある人もいるのではとも個人的な感想として抱く。

もちろんそれは人は人なので自由だが、「ポジティヴな意味でできないことも受け入れる」ことも一つの選択肢では?とも思う。
だから障がい者年金についても、まあ就労したらわからないけれど、上記のように社会生活に制限がついているのだから、まあもらってもいいよねとそこに負い目とかは感じていないし、まあいい意味で、ちゃんとした理由づけも整理して自分を大切にできているほうかなと私自身は感じている。

ただ、私は個人的に「障がい者」ということをアイデンティティにしたくはないし、あくまで「障害」を持っているけどみんなと同じ人間というような感じで生きている。
だから私は精神障がい者ですアピールは美意識に反するので絶対にしない。たまにヘルプマークをカバンにつけている人もいるけど俺は個人的にそういうことは好みではないのでしていないなー。