『七月の炭酸水』

うどんが好きな、場末人の生存と残像。

大好きな詩

わたしを束ねないで

              新川和江


わたしを束ねないで

あらせいとうの花のように

白い葱(ねぎ)のように

束ねないでください わたしは稲穂

秋 大地が胸を焦がす

見渡すかぎりの金色(こんじき)の稲穂


わたしを止めないで

標本箱の昆虫のように

高原からきた絵葉書のように

止めないでください わたしは羽撃(はばた)き

こやみなく空のひろさをかいさぐっている

目には見えないつばさの音


わたしを注(つ)がないで

日常性に薄められた牛乳のように

ぬるい酒のように

注がないでください わたしは海

夜 とほうもなく満ちてくる

苦い潮(うしお) ふちのない水


わたしを名付けないで

娘という名 妻という名

重々しい母という名でしつらえた座に

座りきりにさせないでください わたしは風

りんごの木と

泉のありかを知っている風


わたしを区切らないで

,(コンマ)や.(ピリオド)いくつかの段落

そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには

こまめにけりをつけないでください わたしは終りのない文章

川と同じに

はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩

 

 

新川和江詩集 (ハルキ文庫)

新川和江詩集 (ハルキ文庫)