『七月の炭酸水』

うどんが好きな、場末人の生存と残像。

Yahooに投稿した『原爆の体験を時代に伝えるためにはどうしたらいいと思いますか』についての私のささやかな回答

 私は1985年生まれ、東京都出身ということもあり、原爆が落ちた広島・長崎に行ったこと・そしてそこで平和について体験者から語りを聴いたことはありません。
ですが、私の母が曽祖母にまさに生身で体験した戦争の悲惨さを語ってくれたことを私にも話す機会や祖父祖母が子供の時に屍体運びをしたこと、工場で子供なのに手榴弾を作らされたことなど、いろいろと直接に聴かされました。
祖父は戦争・終戦当時は子供でしたが、自分の大人世代のことを「反面教師」にしていたと言っていたことが忘れられません。
きっとリアルにそれこそ皮膚感覚やカラダで感じた戦争の雰囲気があるので、平和の思いは切実にカラダに刻みこまれているのでしょう。

 翻って私は戦争の雰囲気をカラダで感じたり、当時原爆が落ちた空間にいたわけでもありません。
 しかし、自分は文学が好きなので、いわゆる原爆小説と言われる原民喜『夏の花』や一連の著作を読んだ読後感は「戦争」は人間を人間でなくして滅茶苦茶にしてしまうということです。
 もうすぐ戦争を体験した世代もいなくなってしまいます。
そんななか記憶を風化させないためには、祖父母に聴いた話を次世代に繋いだり、真摯な戦争文学作品を読んだり、記念館に行ったり、今も地球で戦争・争いが無くならないことや、普段から平和について、世界の紛争について、日本が「侵略」した旧植民地諸国について、そしてなにより日本の過去について真摯に直視に堪えないような残酷さや爪痕や傷痕を直視する勇気と責任が必要だと感じています。