私の「光」で他者を照らし、そして守ること

 

事実、世の中はたくさんの悪意に満ちていると僕は思う。けれど、幸運や人の優しさも君のすぐそばにきっと隠れてるんじゃないだろうか。少なくとも、朝は誰にでも平等にやってくるから。そこで何を掴むかは君次第だ。

 

www.youtube.com

 

僕らはいつでも少しの間違いで

蝕まれてゆく日々を どうすることもできずにいた

 

人より少しだけ運が悪いみたいだから 仕方がないねって 君はずぶ濡れで笑った

 

薄いまぶたに口づけをする 何も見えなくなればいい

口移しした溜息の味 僕らの夜に出口はなかった 僕らの夜に出口はなかった

 

眠りに着くように 何かを捨てるように 焼け付くように

そっと 君の明日が凍りつく

 

ただ生きていて これから何も信じられなくたっていい

そう願うように抱きしめるけど 僕の体じゃ溶かせなかった

 

薄いまぶたに口づけをする 何も見えなくなればいい

口移しした生きている味 僕らの夜に出口はなかった

 

ただ生きていて こんな世界に今更期待などしない 閉じ込められた果てに僕らは みんな壊して笑ってやるよ みんな失くして笑ってやるよ

 

かそけき希望に

僕は堪えよ、静けさに堪えよ。過去の傷つきに堪えよ。寂しさに堪えよ。

生の深みに堪えよ。堪えて堪えて堪えてゆくことに堪えよ。一つの嘆きに堪えよ。

私と他者たち、世界の無数の嘆きに堪えよ。

嘆きよ、嘆きよ、僕を貫け。帰るところを失った僕を貫け。

突き放された世界で、

希望と意志よ、もがき、あがき、息をしつづけている僕を貫け。

 

大好きな詩

わたしを束ねないで

              新川和江


わたしを束ねないで

あらせいとうの花のように

白い葱(ねぎ)のように

束ねないでください わたしは稲穂

秋 大地が胸を焦がす

見渡すかぎりの金色(こんじき)の稲穂


わたしを止めないで

標本箱の昆虫のように

高原からきた絵葉書のように

止めないでください わたしは羽撃(はばた)き

こやみなく空のひろさをかいさぐっている

目には見えないつばさの音


わたしを注(つ)がないで

日常性に薄められた牛乳のように

ぬるい酒のように

注がないでください わたしは海

夜 とほうもなく満ちてくる

苦い潮(うしお) ふちのない水


わたしを名付けないで

娘という名 妻という名

重々しい母という名でしつらえた座に

座りきりにさせないでください わたしは風

りんごの木と

泉のありかを知っている風


わたしを区切らないで

,(コンマ)や.(ピリオド)いくつかの段落

そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには

こまめにけりをつけないでください わたしは終りのない文章

川と同じに

はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩

 

 

新川和江詩集 (ハルキ文庫)

新川和江詩集 (ハルキ文庫)

 

 

「母性の宗教」

 

切支丹の里 (中公文庫)

切支丹の里 (中公文庫)

 

 

 

キリスト教文学というか、隠れキリシタンキリスト教を切り口に
人間心理に対する哲学的とも言える「問い」とそれに対する〈弱き者〉の心情から人間を考察・探求してゆく遠藤周作の『思索』こそが遠藤の文学なんだと感じた。

ーー踏跡で黒ずんだ一枚の踏絵を見た感動から、基督教禁止時代の殉教者よりも、棄教した宣教師や切支丹の心情に強く惹かれた著者。島原などの隠れ切支丹の里を訪ね歩き、基督教が日本の風土と歴史の中で変貌していく様を真摯な取材と文献の中から考察する。名作『沈黙』を貫く著者独自の思想がうかがえる紀行・作品集。
(背表紙解題より)

Amazonでレビューした本

件名通り、私がAmazonでレビューした本について

まとめられているアカウントページがありますので、

せっかくですので、掲載いたします。

もしよろしければ、ご拝読いただけると嬉しいです。。

ちなみに読んで面白かった本をレビューしているので辛口のレビューは

ありません。基本的に星5つ。

https://www.amazon.co.jp/gp/profile/amzn1.account.AGL3B66OBNUR662QPBR5ZM4VRIBA?ref_=cm_cr_dp_pdp&

私の感受性くらい....

欲の深い人は浅ましい。と私の感受性は感じる。
高層ビルのてっぺんかなんかでディナーといって、フェイスブックにあげる人などいるけど俺はそういう人種とは付き合えない。
羨望ではない。
シリア難民や世界中でも苦しんでいる人がいるし、日本でもいまだに東北や熊本で苦しんでいるひともいる。
そのことを考えると、たとえタワーのてっぺんでで超高級ディナーを喰っても罪悪感からちっとも俺はうまく感じないだろう。それならおれは困っている人への炊き出しの方が百万倍うまく感じるし、大事な人のためにつくる手料理の温もりの方がどんなにうつくしいことだろう。
思いやりの気持ちや優しい気持ちは目に見えない。
ほんとに人間の感性はさまざまだ。
だが、おれはそういう感受性をもちながら存在している。
それは分かり合えない悲しみも生むことだ。わざわざビルのてっぺんで高級なディナーを食べる人々はそれ相応の感受性と存在の仕方をしている。
俺の感受性とそのような感受性どっちがいい悪いはない。
しかし、分かり合えないということが悲しい。
いつから私たちはバラバラになったり、分断されたり、水を分けあえることもなくなってしまったんだろう…

遠藤周作「沈黙」

 

沈黙 (新潮文庫)

沈黙 (新潮文庫)

 

 

 

遠藤周作『沈黙』読了。
結論から申し上げよう。後半から畳み掛けるように、いい意味で期待を裏切るほど面白かった。
というと語弊があるかもしれないので、具体的には「どう」面白かったというと、2つある。

後半での苦難に喘ぐ信徒たちを黙って何もせず救わない「沈黙」を保つ神に対しての主人公の内的な対話。
主人公に棄教を促す他者たちとの信仰を巡る問答や議論もドストエフスキーの『カラ兄』にある「大審問官」の章のようでとても面白かった。

信仰を持つものたちの「独りよがりの虚栄心」(作中の先に棄教したフェレイラが主人公を誘惑的に諭した言葉)といった陥穽や人間としての弱さや信仰を持つ強さや優しさなどその他、信仰を巡る諸々を、主人公の生々しい葛藤や引き裂かれを心理描写を通して"抉り出す"読み応えのある素晴らしい読書体験だった。